おにぎり怒られても何とも思わなくなったのは、なぜなん?



それには、主に以下の5つの理由があると思うで。
世の中には、「怒られても何も思わなくなった、、」という人がままいます。実際、私の所にもしばしばそうした経験をされたという方が、来ることもありますね。ただ、怒られても何も思わなくなった原因については、実に多種多様なので一概にポジティブであるとはいいがたいです。
そんな感じですから、怒られても何とも思わなくなったのはなぜなのか、気になりますよね?結論から言うと、怒られても何とも思わなくなった理由として考えられるものは、以下の通りです。
怒られても何とも思わなくなった理由





感情麻痺の場合は、すぐに対策しよう!
怒られても何とも思わなくなった理由には、上記のように色々なものが考えられますが、感情麻痺に関しては放置しておくと燃えつき等重大な状態に陥りかねないので、すぐにで感情の回復を最優先課題にすべきです。感情麻痺は順応ではなく、重度の精神的疲労の結果ですからね。
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怒られても何とも思わなくなった理由5選





怒られても何とも思わなくなったのは、なぜなんやろ?



理由としては、以下の5つが考えられるかのお。
まずは、怒られても何とも思わなくなった理由について、詳しく見ていきたいと思います。怒られても何とも思わなくなった理由は、以下の通りです。
怒られても何とも思わなくなった理由
- 理由①:慣れ
- 理由②:認知的再評価
- 理由③:自己肯定感の安定化
- 理由④:境界線の形成
- 理由⑤:感情麻痺



それぞれ、詳しく見ていこう!
理由①:慣れ


怒られても何とも思わなくなった理由の1つ目は、「慣れ」です。
人は同じ種類の叱責や批判を繰り返し受けると、脳と自律神経系がその刺激に対して反応が徐々に弱わっていきます。



ふむ、怒られてもなれていくもんなのかあ、、。
これは馴化という学習現象で、反応が減ることでストレス反応自体が小さくなる(=「怒られても動揺しなくなる」)というものです。
参考:Habituation: a model phenomenon for the study of neuronal substrates of behavior
実際、良い事ではないんですが、私も子供の頃はまあまあ怒られることが多かったんですけども、やはり怒られ慣れてしまう事ってあるんですよね。最初のうちは、怒られるとびっくりするんですけど、次第に「まーた、怒ってるわあ」という感じでどうでもいいという感じになりがちでした。
、、、まあ、いいことじゃないんですけどね、、、。
理由②:認知的再評価


怒られても何とも思わなくなった理由の2つ目は、「認知的再評価」です。
怒られた出来事に対する意味づけが変わると、感情の強度は大きく下がります。例えば「人格否定」ではなく「改善点のフィードバック」と捉えられるようになると、扁桃体を介した情動反応が弱まり、落ち着いて対処できるようになりますね。



ふむ、なるほど、これはたまにワイも使うね。
これが認知的再評価の効果であり、感情調整戦略として有力であることが多数の研究で実際に示されていますね。
https://www.elaborer.org/psy1045d/cours/Gross%281998%29.pdf?utm_source=chatgpt.com
よくちまたでは、「怒られるうちが華」だとか「怒られているのは期待されている証拠」等といった言説がありますが、これも言ってみれば認知再評価の実践の一種と言えるでしょう。、、もっとも、本当にその通りなのかは何とも言えませんが、、、。なんせ、怒っている側の本心なんてわかりませんからね。
ただ、まあ怒るのは個人的にどうなんだろうか?、、、なんて思う所がありますな。まあ、とりあえず、怒り方には気を付けた方がいいとは思いますね。
理由③:自己肯定感の安定化


怒られても何とも思わなくなった理由の3つ目は、「自己肯定感の安定化」です。
「外部の評価で自分の価値が上下しない」状態、つまり自己肯定感の安定性が高まると、叱責が自己価値への打撃になりにくくなります。



なるほど、これはそうかもしれん。
実際、以下の研究では、単に自己肯定感の高さだけでなく「安定しているか(揺れが小さいか)」が精神的回復力に重要だと示されていますね。
参考:Optimal Self-Esteem and Authenticity: Separating Fantasy from Reality
ただ、お察しの通り、自己肯定感が高く安定している事は自体はいい事ではあるんですが、場合によっては「他人から何を言われても自分は自分という事で何も変わろうとしない」って事もあるんですよね。
こうした態度をとりがちになると、当然、他人と衝突することが多くなってしまいます。これは注意ですよね。
理由④:境界線の形成


怒られても何とも思わなくなった理由の4つ目は、「境界線の形成」です。
相手の感情と自分を切り分けて、「これは相手の問題だ」と受け取らない習慣ができると、叱責に揺さぶられなくなります



たしか、聖書にも似たような話があったような、、。
これはユダヤのラビ文学における思想である「贈り物を受け取らなければ、贈った人に戻る」にかなり近しいものと言えるでしょう。
ラビ文学とはヘブライ聖書(旧約聖書)をどう理解しどう生きるかを、ユダヤ教の学者(ラビ)たちが解釈・議論・物語化した膨大な文献群の総称。大別してミシュナー、タルムード、ミドラーシュの3系統がある。
理由⑤:感情麻痺


怒られても何とも思わなくなった理由の1つ目は、「感情麻痺」です。
感情麻痺(情動鈍麻)とは、怒り・悲しみ・喜びなどの感情全体が薄くなり、出来事に対して心が反応しにくくなる状態のことであり、これは心が過剰なストレスや痛みから自分を守るために感情を遮断している防衛反応として理解されています。



どう考えても、これあかんやつやん、、。
感情麻痺に陥ると、怒られても何も感じなくなるのみならず感情全般が希薄していくので、健全な動じなさと比較すると以下の様な違いがありますね。
| 観点 | 健全な動じなさ | 感情麻痺 |
|---|---|---|
| 怒られた時 | 落ち着いて対処できる | 反応が起きない |
| 喜び | しっかり感じられる | 喜びも感じにくい |
| 悲しみ | 必要な時は感じられる | 悲しみも感じにくい |
| 人間関係 | 関わりたい気持ちがある | 関わる意欲が低下 |
| 心理機能 | 調整されている | 遮断されている |
なお、感情麻痺はうつやトラウマ後反応として現れることがあり、適応ではなく病的なサインである場合があるので、感情が麻痺しているかも、、と思う時は、できるだけ早く感情の回復を図るようにしたいものです。
参考:Emotional numbing in posttraumatic stress disorder: current and future research directions
怒られても何とも思わなくなった原因を探る質問





怒られても何とも思わなくなった原因が、いまいちわからん。



ふむ、んじゃ、以下の質問にこたえてみてくれい!
次は、先ほどのまとめのような内容ではありますが、怒られても何とも思わなくなった原因を探るために活用できる簡易的な質問について、見ていきたいと思います。
以下の選択肢から一番自分に当てはまるなと思うものを、1つだけ選んでください。
怒られても何とも思わなくなった原因を探る質問
Q. 最近、誰かに怒られたとき、あなたの反応として最も近いものはどれですか?
- A. 何度も同じ経験をしてきたので、特に感情も身体反応も起きなくなった。
- B. 相手の背景や状況を考え、「これは人格否定ではなく行動への指摘だ」と自然に捉えられる。
- C. 怒られても、自分の価値が下がったとは全く感じない。
- D. 相手の怒りはその人の問題だと切り分け、自分の責任範囲だけを受け取れる。
- E. 怒られたことだけでなく、喜びや悲しみなどの感情全体が薄れている気がする。
なお、この結果の見方は大ざっぱに以下の通りです。
| 選んだ選択肢 | 判定タイプ | 心理的状態の説明 | 健康度の目安 |
|---|---|---|---|
| A | 慣れ(情動馴化)型 | 同じ叱責への反応が弱まり、脳が刺激に適応している状態 | 健康的(ただし過剰なストレス環境には注意) |
| B | 認知的再評価型 | 怒られる出来事を「人格評価」ではなく「行動へのフィードバック」と捉えられている状態 | 非常に健康的 |
| C | 自己肯定感安定型 | 外部評価に左右されず、自己価値が安定している心理状態 | 非常に健康的 |
| D | 境界線形成型 | 相手の感情と自分の責任を切り分けられる対人スキルが育っている状態 | 健康的 |
| E | 感情麻痺型(要注意) | 喜びや悲しみなど感情全体が鈍くなり、防衛反応が働いている可能性 | ※注意(回復ケアや専門支援推奨) |
不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきこと





怒られても何とも思わなくなった時に、取るべきことって?



以下の3つを、やってみるとええと思うで。
つぎは、不健全な形で怒られても何とも思わなくなった、つまり感情が麻痺してきている時に取るべきことついて、考えていきたいと思います。
不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきことは、以下の通り。
不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきこと
- 感情の回復を最優先課題にする
- 抑圧ではなく再評価に切り替える
- 心理的境界線を再構築する



それぞれ、詳しく見ていこう!
感情の回復を最優先課題にする


不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきことの1つ目は、「感情の回復を最優先課題にする」です。
感情麻痺によって怒られても何とも思わなくなったと感じる時は、当然の事ではありますが、感情の回復を最優先課題に設定して日常生活を組み立てていく必要があります。もし、感情回復を放置してしまえば、うつや燃えつき、た既往障害などといった事態にまで発展しかねません。



んー、それはこわいねえ、、、。
感情鈍麻は防衛反応なので、まずは「感じる力」を少しずつ取り戻すことが先決となります。人によっては難しいのは重々承知ですが、睡眠を十分にとるようにしつつ、「感情日記(1日1回)」や、感覚(呼吸・筋肉)への注意付けを行うといいでしょう。
さらに言えば、以下の記事を参考にマインドフルネス瞑想を習慣化するのもおすすめです。
抑圧ではなく再評価に切り替える


不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきことの2つ目は、「抑圧ではなく再評価に切り替える」です。
感じないことを維持するのではなく、怒りや否定的出来事を再評価して意味を変えるトレーニングを行っていくのも大事ですね。



ふむ、再評価ねえ。
実際、再評価は抑圧より心理的アウトカム(介入によって発生する変化のこと)が良好であることがメタ解析で示されていますからね。
参考:Emotion-regulation strategies across psychopathology: A meta-analytic review
具体的に言うと例えば、上司に強く注意されたときに「自分はダメな人間だ」と感じるのをやめて、「人格ではなくこの行動について指摘されている」とか「改善すれば評価は変えられる領域だ」と認知を変えるのが再評価という事ですね。
ちなみに、個人的には先ほど少しふれた「怒られているのは期待されている証」みたいな考えは再評価として採用すべきではないと思います。というのも、これはあくまでも相手の承認ベースの話であって、自分で制御できないから。なるべく、自己完結できるような形での再評価を試みましょう。
心理的境界線を再構築する


不健全な形で怒られても何とも思わなくなった時に取るべきことの3つ目は、「心理的境界線を再構築する」です。
怒られた時、多くの場合、自分に非がある場合も多い事と思います。その際は、怒られた事実は気に入らないとしても、やはり治していく必要がありますよね。



せやね、直すべき事があるから怒られている事も多いもんね。
そこで、怒られた時はすべてを遮断するのではなく、「取る責任(自分の行動)」と「取らない責任(相手の感情)」を明確にしていくのがおすすめです。こうすれば、自己成長や周囲との調和と自分の精神の安定の3つをバランスさせることも可能になります。
具体的に言うと、怒られた際は感情と責任を分離(相手が怒っている≠自分が悪い)し受け取る内容を選別(事実・改善点だけ受け取る)して、必要なら「その言い方には対応できません」などと言語化するのが最適です。
いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法





怒られても何とも思わなくなる方法には、なにがあるん?



以下の2つを、やってみてくれい!
つぎは、いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法について、見ていきたいと思います。いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法は、以下の通りです。
いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法
- 方法①:叱責を評価ではなく情報として処理する
- 方法②:身体反応レベルで落ち着く力を鍛える



それぞれ、詳しく見ていこう!
方法①:叱責を評価ではなく情報として処理する


いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法の1つ目は、「叱責を評価ではなく情報として処理する」です。
先ほどふれた内容と重複する部分もありますが、叱責を評価ではなく情報として処理していくようにすると、叱責によるダメージを軽減することが可能になります。



上方として処理するのね、、ふむふむ。
具体的には、叱責に対しては以下の様に立ち向かっていくようにしたらいいでしょう。
この手法は先ほどふれた認知的再評価の一種(ここではまだ精神的に余力があるので、具体的行動まで考える)であり、感情経験と表出を低下させ心理的負荷を軽くする効果が期待できるでしょう。
参考:The Emerging Field of Emotion Regulation: An Integrative Review
方法②:身体反応レベルで落ち着く力を鍛える


いい意味で怒られても何とも思わなくなる方法の2つ目は、「身体反応レベルで落ち着く力を鍛える」です。
怒られた時は誰でもなれない内は、びっくりして交感神経優位の状態になるもの。ですが、日頃から副交感神経を活性化する対策を実施する習慣をもっておけば、いざ怒られても個人差はあるものの、動じずに対応することが可能になるでしょう。



ふむ、じゃあ、どうやって不交感神経活性化するん?
副交感神経を活性化させるためには、いくつか方法がありますが、一番手軽なのは4秒鼻から息を吸って7秒とめて8秒かけて息を吐く478呼吸法でしょうか。非常にシンプルですが、精神を落ち着けるためにはかなり効果的なのでお勧めです。
また、先ほどふれたマインドフルネス瞑想や脱フュージョンを習慣化するのも、かなり有効でしょう。
参考
不安は自分で作り出している?今すぐ解放される3つの簡単な方法!
友達が美人で劣等感?強い劣等感を吹き飛ばす今すぐ試せる緊急措置3選!(脱フュージョンはこちら)
怒られても何も感じなくなったと感じる時にありがちな疑問





まだ、気になる事があるんよねえ。



んじゃ、最後に疑問について回答していこうと思います。
最後に、怒られても何も感じなくなったと感じる時にありがちな疑問について、答えていこうと思います。
疑問①:怒られても何も感じなくなったのは成長の証?


怒られて何も感じなくなった場合、前述の通り感情麻痺の可能性もありうるので、単純に成長の証を考えるのは危険です。
感情麻痺に陥ると、喜びや悲しみといった他の感情に対しても鈍感になるので、少しでも異変を感じたら対策をとるようにしてください。’
疑問②:感情が戻らないときはどうしたらいい?


感情日記、感情リラベリング、短期的なマインドフルネス練習を続けつつ、そうですね、、およそ3週間ほどたっても改善が乏しければ、専門家(臨床心理士・精神科医)に相談した方がいいと思います。
疑問③:叱責を完全に無視していい?


叱責の中には、自分の行動改善のための情報がある場合もありますから、叱責の完全無視はあまり得策ではありません。
ただ、人格否定や感情的・攻撃的な叱責については、取り合う必要はないので、そこには境界を引きつつ、行動面に有益なフィードバックは取り入れていくのが賢明ですね。、、、まあ、難しいですけどもね、、。
怒られても何とも思わなくなったらまずは感情の回復を最優先課題にしよう!叱責は評価でなく情報として処理したい!


怒られても何とも思わなくなったら、まずは感情の回復を最優先課題にするのが重要です。というのも、怒られても何も思わなくなった場合、単純に慣れたとかそういう話ではなく重度の精神疲労のために感情が麻痺している場合もあるからですね。放置すると、燃え尽きやうつになるリスクが高いので、注意です。
そして、叱責に対しては日々のメンタルケアなどを徹底して精神面での防御力を高めつつ、叱責を評価でなく情報として処理するのを基本に据えて対処していくといいでしょう。叱責の中にも、自分の成長の種となるものはたくさんあるでしょうから。



まあ、怒られるのは気分悪いけど、学ぶものは学ぼう!
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