おにぎり感謝の強要は、モラハラなん?



せやな、基本的にモラハラやね。
「感謝を強要するのはモラハラである」という意見がネットでは、しばしばいわれます。ただ、確かに何かしてもらったら感謝をするのは大事としても、それを恩着せがましく要求されたら、心情的には厳しい所がありますね。私に関しては、感謝は自発的にやりたいで、強要されると嫌です。
そんな感じですから、感謝の強要はモラハラなのか、気になりますよね?結論から言うと、感謝の強要は基本的にモラハラと考えていいでしょう。感謝の強要がモラハラである理由は、以下の通りです。
感謝の強要がモラハラである理由





感謝は本来自発的な感情やからね、強制はおかしいんよ。
感謝を強要するのは感謝が本来自発的な感情である事から考えると、非常に違和感が強い行為と言わざるを得ません。というか、心理学的に考えると、感情の自由の侵害は心理的暴力の異種ですので、感情の強要は原則としてモラルハラスメントとしてしかるべきでしょう。
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感謝の強要がモラハラである理由





感謝の強要がモラハラなん?



うむ!感謝の強要はモラハラと考えて、大丈夫やで。
まずは、感謝の強要がモラハラである理由について、見ていきたいと思います。感謝の強要がモラハラである理由は、以下の通りです。
感謝の強要がモラハラである理由
- 理由①:感謝は本来自発的な感情
- 理由②:感謝の強要は臨床・法的にも問題
- 理由③:感謝の強要は支配と親和性が高い



それぞれ、詳しくみていこう!
理由①:感謝は本来自発的な感情


感謝の強要がモラハラである理由の1つ目は、「感謝は本来自発的な感情」です。
感謝は、心理学では自発的に生起する他者の善意や恩恵を自由に評価した結果生まれる感情と考えられています。そのため、感謝しろと言われて感謝するなんて、まあ無理ですね。



てか、強要されたら反発心しかうまれないやろ。
自己決定理論の立場から考えた場合、感情や行動が強制・義務・圧力によって引き起こされる場合、心理的健康と関係性満足度は低下することが明らかになっていますね。
感謝は「求めるもの」ではなく自然に生まれるものであって、強要された瞬間に本来の感謝ではなく、心理的服従に変質してしまうといえるので、感謝の強要はモラハラに相当するといっていいでしょう。
理由②:感謝の強要は臨床・法的にも問題


感謝の強要がモラハラである理由の2つ目は、「感謝の強要は臨床・法的にも問題」です。
WHO(世界保健機関)および米国心理学会(APA)は、以下を心理的暴力に含めています。
- 感情の支配
- 罪悪感の植え付け
- 人格や価値の否定
- 服従の強要
- 感情表出の自由の制限



んー、本当、いやなもんばっかりやあ、、、。
参考
Understanding and addressing violence against women : intimate partner violence
そのため、たとえば「感謝しないなら人として終わっている」とか「普通は感謝するだろ」などといった言動は、「感情の自由を奪い人格や価値を否定し服従を求める」という点で明らかに上記の定義に合致します。
つまり、感謝の強要は感情支配型の心理的虐待であり、モラハラに該当すると結論して差し支えないでしょう。
理由③:感謝の強要は支配と親和性が高い


感謝の強要がモラハラである理由の3つ目は、「感謝の強要は支配と親和性が高い」です。
先ほどのWHOの定義の部分でもふれたように、感謝の強要は支配と親和性が非常に高い行為と言えます。実際、モラハラ加害者の典型的行動として、以下のようなものが報告されていますからね。
- 恩着せ
- ガスライティング
- 罪悪感誘導
- 上下関係の固定化



恩着せが、感謝の強要やね。
感謝の強要は、具体的にはたとえば「誰のおかげだと思ってる?」とか、「感謝できない人間はおかしい」、「ありがとうがないなら、もうやらない」等といった形で表現され、相手の感情反応を強制し、上下関係を固定化する支配行動です。
モラハラとは言葉や態度で相手の人格・尊厳を傷つけ、精神的に追い詰める嫌がらせですから、感謝の強要は明らかにモラハラといえますね。
感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴





感謝を強要するモラハラ人間の心理的特徴って、どないなもん?



ふむ、おもに以下の3つやな。
つぎは、感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴について、見ていきたいと思います。感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴は、以下の通り。
感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴
- 心理的特徴①:自己価値が極端に不安定
- 心理的特徴②:共感能力が部分的に欠損している
- 心理的特徴③:境界線の概念が弱い
- 心理的特徴④:被害者意識が強い



それぞれ、詳しくみていこう!
心理的特徴①:自己価値が極端に不安定


感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴の1つ目は、「自己価値が極端に不安定」です。
感謝を強要する人の中核には、不安定な自己価値があります。メサイアコンプレックスと、関連している心理状態とも言えるでしょうね。



ようは、自分には価値があると自然には思えないって事なんやな。
事実、自己評価が不安定な人ほど、他者の反応に過敏で、防衛的・支配的行動を取りやすいといわれていたりしますね。
ようは、彼らは自分で主体的に自分のありのままを認められないために、「感謝される=自分は価値がある、感謝されない=自分は無価値」といった価値観を内面化しているわけです。
彼らにとって、感謝は自己価値の照明装置というわけですね。
心理的特徴②:共感能力が部分的に欠損している


感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴の2つ目は、「共感能力が部分的に欠損している」です。
感謝強要型の人は認知的共感(相手の立場を理屈で理解する能力)は保たれていても、情動的共感(相手の感情を感覚的に共有する能力)が弱い傾向があります。



ふむ、相手の心の痛みは感じないって感じみたいやね。
ちなみに、反社会的・支配的傾向を持つ人において、情動的共感の低下が顕著であるといわれていたりもしますね。
ようは、彼らは理性では相手にも事情があるという事はわかっているのですが、相手の痛みを感知しにくいために自分の承認欲求の方が前面に出てしまうってわけですね。
心理的特徴③:境界線の概念が弱い


感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴の3つ目は、「境界線の概念が弱い」です。
境界線(バウンダリー)とは、自分と他者の感情・責任・価値を区別する心理的境界のことであり、感謝強要型の人は、この境界線が弱い傾向にあると考えられます。



つまり、、他人と自分を分けて考えないって事?迷惑やな、、。
そのため、こうした人たちは他人の感情等を自分のものと同一視して扱うので、「他人の感情は自分が管理すべきもの」とか「他人の反応は自分に従うべきもの」といった歪んだ考え方と取りやすくなってしまうんですね。
心理的特徴④:被害者意識が強い


感謝を強要してくるモラハラ人間の心理的特徴の4つ目は、「被害者意識が強い」です。
感謝強要型の人は、慢性的に被害者意識をかかえていることが結構多いといわれます。つまり、彼らは「自分ばかり損している」とか「「誰も自分をわかってくれない」という認知パターンが固定化しているわけです。



うっわ、、、めんどくさいなあ、、これは。
ちなみに、こうした考えの事を被害者スキーマといったりしますが、こうした被害者スキーマは、怒り・支配・操作行動に変換されやすいといわれますね。
感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方





感謝の強要をしてくるモラハラ人間と、どう接したらいいん?



ふむ、以下の3つの接し方があるかね。
つぎは、感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方について、見ていきたいと思います。感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方は、以下の通りです。
感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方
- 接し方①:関係の再設計、難しければ距離をおく
- 接し方②:感情的にならず淡々と一貫した態度を保つ
- 接し方③:自分の価値と感情を相手の評価から切り離す



それぞれ、詳しくみていこう!
接し方①:関係の再設計、難しければ距離をおく


感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方の1つ目は、「関係の再設計、難しければ距離をおく」です。
臨床心理学では、心理的虐待が継続する関係においては、関係の再設計、そして、それが不可能な場合においては距離の確保を行うことが推奨されています。



てか、関係の再設計って具体的にどういう事なん?
なお、ここでいう関係の再設計とは、以下の様な行動の事です。
- 会話頻度を減らす
- 話題を限定する
- 感情的な話を共有しない
そして、上記を行ってもどうにもならない時は物理的・デジタル的に距離を取るのが最適解となります。
これらは逃避ではなく、心理的安全を回復するための正当な行動です。
接し方②:感情的にならず淡々と一貫した態度を保つ


感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方の2つ目は、「感情的にならず淡々と一貫した態度を保つ」です。
感謝強要型のモラハラ人間は、相手の感情反応からエネルギーを得るため、以下のいずれの行動も加害行動を強化するリスクがあります。
- 反論
- 謝罪の繰り返し
- 泣く
- 怒る



もう、反応したら負けって感じやな。
感謝強要型のモラハラ人間には、反応した羅負けなんですよね。そのため、一貫して淡々と「そのいい方には応じない」という姿勢を貫いて、相手に暖簾に腕押しといった印象与えるのが重要です。
接し方③:自分の価値と感情を相手の評価から切り離す


感謝の強要をしてくるモラハラ人間との接し方の3つ目は、「自分の価値と感情を相手の評価から切り離す」です。
感情強要型のモラハラ人間は、罪悪感をあおるなどしてあなたに対する人格否定を行ってくるのが通例ですので、それをまともにくらっては自己肯定感がひどく削れてしまいます。



本当、うっとうしいわあ。
そのため、彼らの攻撃には自分の価値と彼らからの評価を切り離すことで、対処するのが最善となります。事実、自己価値を外部評価から切り離すことで、心理的柔軟性と精神的健康を高まりますからね。
参考:
参考:Acceptance and commitment therapy: The process and practice of mindful change, 2nd ed.
なお、自分の価値と感情を相手の評価から切り離すためには、脱フュージョンという手法を使う事になります。脱フュージョンを実践してみたい方は、以下の記事を参考にしてみて下さいね。
感謝の強要がモラハラだと感じる時にありがちな疑問





まだ、気になる事があるんよ。



んじゃ、最後に疑問に対して、答えていこうかの。
最後に、感謝の強要がモラハラだと感じる時にありがちな疑問について、答えていこうと思います。
疑問①:自分が冷たいだけで相手は正当な要求をしている?


心理学的に感謝は要求されるものではなく、自然に生じる感情ですから、正当な要求ではありません。なので、気にすることは基本的にないと思います。
疑問②:感謝を求めること自体がすべてモラハラになる?


いえ、感謝を求めること自体がモラハラとなるとは言えません。そのため、本記事では「原則として」とか「基本的に」といった言葉を付しています。例えば、「ありがとうと言ってもらえると嬉しい」とか、「ねぎらってもらえると助かる」といった感情の自己開示(Iメッセージ)は健全でしょう。
感謝の強要として問題になるのは、たとえば以下の様なケースであると思います。
- 罪悪感をあおって感謝に誘導する
- 感謝しない事をもって人格否定する
- 感謝させることで上下関係を知らしめようとする
疑問③:家族やパートナーが相手の場合距離を取るのは間違い?


臨床心理学・DV研究の観点では、関係性に関わらず心理的安全が最優先です。たとえ家族や恋人、配偶者であっても、精神的消耗が続く関係から距離を取ることは、回復と自立のための正当な選択といえます。
感謝の強要はモラハラで間違いない!モラハラ人間には感情的にならず淡々と一貫した態度をとるのが原則!


感謝は本来自発的な感情ですし、感情の自由を奪う行為それ自体がモラルハラスメントの一種といえますから、感謝の強要は原則としてモラルハラスメントで間違いありません。
感謝を強要してくるようなモラハラ人間には感情的にならず、淡々と一貫した態度をとるのが原則として最善です。そして、無反応を貫いてもあまりにも執拗に感謝を要求してくるのであれば、いっそ距離を置いて関わりを減らしていくのが賢明な選択肢といえます。



感情的になったら、まあ負けなんよね。
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