おにぎり博愛主義者はサイコパスなん?



正味、可能性はあるんよね。
博愛主義者は倫理的には正しい存在ですが、愛情という感情の性質を考えるとどうにも無理があるのも事実です。そう考えると、博愛主義は感情のある人には中々できないので、サイコパスにしか本当に意味では実践できないかも、、と思えて来るときもあるかと思います。
そんな感じですが、博愛主義者はサイコパスなのか、気になりますよね?結論から言うと、博愛主義者=サイコパスとまではさすがにいえないものの、博愛主義者はサイコパスである可能性が割とあります。その理由については、以下の通りです。
博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由





そもそも、分け隔てなく愛情は注げないのがデカいんよな。
博愛主義者はかならずしもサイコパスとは言えないものの、表向きは品行方正で慈善的な好人物が実は自分の権威や影響力、搾取の土壌の形成を促進することしか眼中にない偽善者、、なんてこともままあります。彼らには愛情がないからこそ、愛情を持っているよう演じることに抵抗感がありませんからね。
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博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由





博愛主義者はサイコパスなん?



必ずしもそうではないけど、結構可能性はあるねん。
まずは、博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由について、見ていきたいと思います。博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由は、以下の通りです。
博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由
- 理由①:分け隔てなく愛情は注げない
- 理由②:慈善はステータスとして作用する
- 理由③:サイコパスは感情疲労しない



それぞれ、詳しく見ていこう!
理由①:分け隔てなく愛情は注げない


博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由の1つ目は、「分け隔てなく愛情は注げない」です。以前の記事でも取り上げたことですが、愛情というものは平等には注げず必ず偏在するものといえるため、人が博愛主義を実践するのは厳密に言えば不可能といえます。
愛情を注ぐ対象は必ず限定されてしまうのが、当然の在り方といえます。ただ、表向きの行動を「博愛主義と認知されるように装うこと」であれば、可能です。そうした偽装がうまいような性格、、、と言うとサイコパスが真っ先に思い浮かぶんですよね。



なるほど、、確かにサイコパスは本心隠すのうまそうよな。
彼らは利得のために計算ずくで、感情を偽装することが割とできてしまいますからね。心理学的観点から言うなら、博愛主義的に振る舞うためには認知的共感が優れていれば十分ですから、サイコパスと博愛主義は非常に相性がいいといえるでしょう。言い方が言い方ですが、情動は偽装するだけならほぼ不要です。
事実、サイコパス特性では情動的共感が弱い一方で、認知的共感(他者の状態を理解する能力)は残ることがあり、抽象的・大規模な「人類への愛」を語る際に一見博愛的に見えることがあるとされていますしね。ね。あと余談ですけど、宗教家とかも結構うさん臭いですよな。
博愛主義者はサイコパスである可能性があるのは人は分け隔てなく愛情は注げないから
理由②:慈善はステータスとして作用する


博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由の2つ目は、「慈善はステータスとして作用する」です。博愛的な行為はその外形(寄付・施設設立など)だけ見れば利他的で非常に倫理的ですが、その動機は一様ではありません。
実際、歴史的に有名な大寄付者の中には社会的評価、制度的影響力、税務・資本戦略などといった様々な視点から博愛主義者を名乗って慈善活動を行っていることが少なくないんですよね。



ああ、、、まあいそうやねえ、、。
特に、賢く人心掌握に長けたサイコパスは、それこそまさに「羊を効率よく安全に食べるためには羊に偽装して群れに入り込む狼」のごとく狡猾に、自己利益の最大化のために慈善活動を行います。利に目ざとい彼らが、他人の感情の動揺をついたりや良心を逆手にとった搾取を考えるのは、必然的です。
まあ、あまり博愛主義的アピールをしているような人物は信じない方がいいと思うんですよね。本当に、うさん臭い人が多すぎるので。ちょっとくらい、「性格悪っ!」という側面が見えてる人の方が、信用できる気がします(あくまでも人間味という意味での性格の悪さに限る)。
博愛主義者はサイコパスである可能性があるのは慈善はステータスとして作用するから
理由③:サイコパスは感情疲労しない


博愛主義者はサイコパスである可能性がある理由の3つ目は、「サイコパスは感情疲労しない」です。
高い情動的共感を持つ人は共感疲労を起こしやすく、博愛的な行動をとろうとしても長期的な継続が難しいといえます。そのため、あまり共感性の高い本当の意味で思いやりがあるといえるようなタイプの人ほど、事前的な行いを派手に大規模に行うなんてことは中々できません。



せやなあ、身につまされすぎると身動きとれんしな。
一方でサイコパスのように情動的消耗が少ないタイプは、結果として長期にわたり効率的に大規模活動を継続できるので、慈善家として名をあげる事も少なくないでしょう。
事実、神経科学的研究では、サイコパス高得点者における情動処理の違い(扁桃体・周辺領域の機能低下など)が示されており、情動的疲労の生起様式が火サイコパス者とは異なることを示唆されています。
博愛主義者はサイコパスである可能性があるのはサイコパスは感情疲労しないから
博愛主義者3名のサイコパス的側面





なんか、博愛主義者にも邪悪な一面がありそうよね。



うむ、結構怪しい人はおるね。
つぎは、実在の博愛主義者のサイコパス的側面について、少し見ていきたいと思います。見ていく博愛主義者は、以下の3名です。
- 博愛主義者①:マザーテレサ
- 博愛主義者②:ジョンロックフェラー
- 博愛主義者③:アンドリューカーネギー



それぞれ、詳しく見ていこう!
博愛主義者①:マザーテレサ


サイコパス的側面を見ていく博愛主義者の1人目は、「マザーテレサ」です。
マザーテラサといえば、もはや知らぬ人はいないほどの「慈善・博愛といえばこの人」といった感じの博愛主義社会の代名詞的存在ですよね。確かに、彼女はカルカッタでのホーム設立や、死に瀕した人々の看取りなどを行った事等が評価され、ノーベル平和賞を受賞したことは事実です。



せやね、マザーテレサはノーベル平和賞貰っているよね。
ただ、彼女には医療環境の基準や苦痛管理が不十分であったとする批評が存在するしていたり、(批評家:Christopher Hitchens 等)、資金の動きについても怪しい点があるとされかなり問題になっていました。
これらが事実かどうかは何ともですが、「理念優先」で苦痛の即時軽減を後回しにり資金の動きに怪しい点があるなどといった批判が正しいのであれば、情動的共感が弱く自身の利益をかなり優先していた可能性が高まりますので、かなりサイコパス的ではありますね。ちな、個人的には彼女は黒だと思います。
参考:The Missionary Position: Mother Teresa in Theory and Practice
博愛主義者②:ジョンロックフェラー


サイコパス的側面を見ていく博愛主義者の2人目は、「ジョンロックフェラー」です。
ジョンロックフェラーは石油王の異名を持つアメリカ合衆国の実業家・慈善家であり、晩年は大学や研究機関への巨額寄付を行った事でしられています。
参考:Standard Oil



へー、ロックフェラーって寄付してたんや。
ただ、彼は企業活動における排他的・反競争的手法(買収・鉄道割引の活用など)に対する批判があり、良くも悪くもかなりのやりてであったことがわかりますね。まあ、、成功する起業家は成功するまでの過程でそんなクリーンなことしているわけないんだから、当然といえば当然ですが。
実際に、彼がサイコパスであったかどうかは今となっては皆目わかりませんが、事業成功のために冷徹な戦術を使って地位と資産を得た後に、慈善等によって社会的評価の回復を狙った、、、というのは割と現実的な見方なんじゃないかと思うんですよね、、。ま、しょく罪の意味合いもあったのかもしれませんが。
博愛主義者③:アンドリューカーネギー


サイコパス的側面を見ていく博愛主義者の一人目は、「アンドリューカーネギー」です。
アンドリューカーネギーはスコットランドの貧しい織物職人の子として生まれるも最終的には製鉄業で成功し鉄鋼王の異名を得るに至った大企業家です。ちなみに、ちょっと蛇足ですけど、「人を動かす」の著者のカーネギーはデールカーネギーなので、別人なので注意。



あ、そうなんや。勘違いしたわ。
、、で話を戻しますが、アンドリューカーネギーは多数の図書館助成、教育機関支援を行い、「富の福音(The Gospel of Wealth)」という寄付哲学を提示したことで知られています。
ただ、当然彼も慈善家であったとはいえもとはといえば起業家ですから、成功の過程で色々もめ事を起こしています。たとえば、労使関係、ホームステッドストライキ(1892年)の際に、管理側が徹底して組合を抑え、武装衝突へと至った史実があり、この際は事業運営の冷徹さが批判されました。
彼は企業運営における労働者への共感の欠如(または二次的な配慮の欠如)が指摘される一方で、資産を公共財へ転換するという大局的利他行為が並存するため、やはりジョンロックフェラーと同じで戦略的利他として次元を行っていた側面が強いんでしょうね。
サイコパスではない博愛主義者の4類型





サイコパスじゃない博愛主義者って、どんな人たちなん?



ふむ、んじゃ、具体的にみていこうかの。
つぎは、私が勝手に分類したサイコパスではない博愛主義者の類型について、見ていきたいと思います。サイコパスではない博愛主義者の類型は、以下の通りです。
サイコパスではない博愛主義者の4類型
- 類型①:エンパス型
- 類型②:倫理原理型
- 類型③:霊的使命型
- 類型④:社会改革型



それぞれ、詳しく見ていこう!
類型①:エンパス型


サイコパスではない博愛主義者の類型の1つ目は、「エンパス型」です。
エンパスとはいわゆる「他者の感情、エネルギー、身体的な感覚を自分のことのように感じ取ってしまう、非常に共感力の高い特性を持つ人」の事であり、他者の苦痛に強く反応し直接的な支援を好む傾向にあります。



エンパスか、きいたことあるなあ。
実際、高い情動的共感は利他的行動と一致するという実証研究が多数存在するため、博愛主義的な考えを持つに至ってもおかしくはありません。とはいえ、エンパスに分類できるような人達は見ている限りでは、自他の境界が薄いため慈善的な行動をしていても感情疲労しやすく長続きしません。
エンパスの人が博愛主義的な思想をもった場合、現実的に自分ができる範囲で行わないと燃えつきてしまいかねませんね。ちなみに、余談ですが、こうしたエンパス的な共感性をもちつつもそれを利得獲得のための手段として利用するタイプもいて、それはダークエンパスなんて言われています。
エンパス型はサイコパスではない博愛主義者の類型の1つ
類型②:倫理原理型


サイコパスではない博愛主義者の類型の2つ目は、「倫理原理型」です。
倫理原理型とは簡単に言うと、倫理原則に沿った生き方をするのが人間として正しいという思考を深く内面化している博愛主義者であって、義務感・規範感に基づいて行動します。



はあ、、なんかめんどくさそうな人って感じがするんだが、、。
この手の人は、結果より原理を優先するので、まあ悪く言うと綺麗事を言っているだけで結果が伴わないので、はたから見ていると「なんか頭がお花畑だなあー」とか「計算のできないバカなのか?」みたいなところも結構あると思います。
正直、個人的な感想を言うとですね、、、この手の人は心理学でいう所のメサイアコンプレックス的な要素をもっていることが割とあって、とにかく思考が硬直しているように思えるんです。なので、もっと認知行動療法的などで思考の硬直化を解いた方がいいと思います。実際、生きにくそうに見えるので。
倫理原理型はサイコパスではない博愛主義者の類型の1つ
類型③:霊的使命型


サイコパスではない博愛主義者の類型の3つ目は、「霊的使命型」です。
霊的使命型はもう名称からお察しの通り、超越的価値観が思想の中心に据えられている人たちでスピリチュアル的な思考をしています。まあ、一部の献身的な宗教家などは、これに該当するでしょう。



もう、使命とか言っている時点でそっち側の人やん。
霊的使命型の博愛主義者は自己犠牲・貧困放棄も厭わないので、いってみれば「the博愛主義者」といった感じです。とはいえですね、、私が見ている限りですけど、この手の人たちは現実逃避のための手段として慈善を活用している側面が結構見受けられるので、個人的に全く好ましい印象がありません。
正直、自己犠牲が過ぎるというか自己破滅的というか、自分の理想の世界を現実に無理やり投影させて妄想に浸っている、、て感じで、どうにも現実世界の中で不適応を起こしている感が否めませんね。それに教祖的な人物に騙されていいように使われているようなケースも多い気がする、、という。
霊的使命型はサイコパスではない博愛主義者の類型の1つ
類型④:社会改革型


サイコパスではない博愛主義者の類型の4つ目は、「社会改革型」です。
社会改革型の博愛主義者は共感(情動・認知)を両方持ち、制度的改善を志向するかなり現実的なタイプといえます。正直、このタイプが数ある博愛主義者の中で最も有益、かつ理想的な存在といえるでしょう。



ふむ、確かにそうかもしれんね。
この手の人たちはエンパスほど自他境界があいまいではない、いやむしろ常人よりも自他境界が明確な人もいますので、長期的に戦略的かつ大規模に博愛精神に基づいた行動を実践していくことが可能です。具体的に言うと、マハトマガンジーやキング牧師、ナイチンゲール、ネルソンマンデラがそうでしょうか。
あとは、現代で言うと効果的利他主義を唱える哲学者のピーターシンガーも社会改革型の博愛主義者かもしれません。とはいえ、こうした人たちもサイコパスではないため感情疲労自体はするので、きちんと休息をとったり自分の手に負える範囲を明確にするなどしていってほしいですよね。
「補足」サイコパスとは?
サイコパス(精神病質)とは、良心や罪悪感が著しく欠如して、他者への共感性を持たず、利己的に行動する人格的な特性のことである。
サイコパスはDSMの独立診断名ではないが、臨床ではPCL-R(Hare)により行動傾向と情動特性の組合せで評価される。また、神経科学研究では、扁桃体や前頭葉周辺の機能差が指摘されており、これが情動処理・誤認識の様式の非サイコパスとの違いを裏付けられている。
参考:Psychopathy, the PCL-R, and Criminal Justice: Some New Findings and Current Issues
サイコパスの具体的な情動面の特徴については以下の通りである。
サイコパスの情動面での特徴
- 情動的共感が低い(他者の痛みに“感じにくい”)
- 罪悪感・後悔が乏しい
- 恐怖反応が弱い傾向(扁桃体機能の違いが報告)
サイコパスには「理解はできるが、感じない」タイプがいるのがポイント
そして、サイコパスの対人関係における特徴は以下の通り。
サイコパスの対人関係における特徴
- 表面的に魅力的(口が上手い)
- 他者を目的ではなく手段として扱いやすい
- 操作的・嘘をつくことに抵抗が少ない
最後に、サイコパスの行動面の特徴について、確認すると以下の通りである。
サイコパスの行動面の特徴
- 衝動性
- 刺激追求傾向
- 規範軽視(ただし成功型のサイコパスは表面上適応していることも)
なお、サイコパス=潜在的犯罪者or猟奇的殺人鬼予備軍と感がるのは、必ずしも妥当ではない。彼らの中には、社会規範や倫理を遵守する向社会性の高い個体もまま存在しているからである。
ただ、彼らの倫理や法に対するとらえ方は非常に功利主義的(例:「最終的に得られるメリットより被るデメリットの方が大きいから犯罪はしない」など)であるため、その点は非サイコパスとは大きく異なっている。
なお、博愛主義者をパーソナリティーの視点からさらに深く分析したり、現実的な形で博愛主義を実践するにはどうしたらいいかについて気になる方は、以下の記事を見てみてくださいね。
社会改革型はサイコパスではない博愛主義者の類型の1つ
博愛主義者はサイコパスではないかと感じる時にありがちな疑問





まだ、気になることがあるんよね、、。



んじゃ最後に、疑問に答えていくとするかの。
最後に、博愛主義者はサイコパスではないかと感じる時にありがちな疑問について、答えていこうと思います。
疑問①:大規模な慈善を行う人は実は冷たい?


慈善事業を行う動機は非常に多層的であり、そこには合理性や信仰、共感、社会戦略が混在しているので、冷たいかどうかは何とも言えません。そのため、「実際に誰がどう得するか」をしっかりと観察することが重要です。
実際、過去のグレーなビジネス経験に対するしょく罪の気持ちから事前事業を始める人もいますし、子孫に財産を残すことを目的に慈善団体を立ち上げる人もいたり、はたまた自分のステータスのために始める人もいたり、、といった感じなので、実に様々です。
疑問②:不健全な博愛主義にはどんな特徴がある?


博愛主義は一見すると常に善に見えますが、臨床の現場では不健全な博愛が本人や周囲に負担を生むケースも少なくありません。不健全な博愛については、以下のような特徴があります。
- 自己犠牲を誇りにする
- 相手の自律性を奪おうとする
- 承認欲求が強く自己価値が「役に立つこと」に依存している
- 他人の問題を自分の責任のように背負う
博愛主義者はサイコパスの可能性がある!ただ全員が全員サイコパスではないので思い込みに注意!


博愛主義者であれば必ずサイコパスであるとは言えないものの、博愛主義者がサイコパスである可能性はわりとあると思います。というのも、そもそも博愛主義という思想は人間の本能に照らしてかなり無理の有る思想なので、博愛主義を徹底することは人間にはかなり困難です。
ただ、博愛主義者の中には今回紹介したように様々なタイプがいるので、そうした方達に関してはできる範囲内で博愛主義を実践しているので良心的な人物といえます。ただ、大規模に組織を立てて慈善的活動をしている人に関しては、個人的に疑った方がいいと思いますね。



大規模にやっている博愛主義者は、あやしいね。
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