
生きてるだけで偉いは嘘なん?



嘘ではないが、綺麗事感あるよねえ。
「生きてるだけで偉い」という言葉をネットで目にしてる方は、多いと思います。この言葉によって心が軽くなっている方も多いでしょうが、その一方で、この言葉に対して「いや、そんなの綺麗事だし嘘だ!」と反感を覚えている方もしばしば見かけます。
そんな感じですから、「生きてるだけで偉い」という言葉が嘘なのかについて、気になってしまいますよね?結論から言うと、「生きてるだけで偉い」という言葉は基本的に嘘ではありません。「生きてるだけで偉い」が嘘ではない理由は、以下の通りです。
生きてるだけで偉いが嘘ではない理由





生きてる事自体奇跡みたいなもんやからね。偉いでいいと思うで。
生命は存在し続けていること自体がある意味奇跡であり、また生きる上で、私たちは実に様々な事を日々行っており、それらをメモ帳などに実際にすべて書き出したらその膨大さにびっくりするはずです。そうした奇跡と努力の連続は、「偉い」というか「偉大」といっても差し支えないでしょう。
ただメンタルが不安定だと、不要に自分に無価値感を感じこの言葉に反感を覚えるのもまた事実でしょう。そのため、素直に自分の存在を肯定したいのなら、日々のメンタルケアを徹底しメンタルを安定させたいものです。とはいえ、自力で効果的なメンタルケア対策をきちんと行うのは、なかなか大変ですよね?
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「生きてるだけで偉い」は嘘なのか3つの視点から徹底検証





「生きてるだけで偉い」は嘘なん?



ふむ、ちょっと以下の視点から検証してみようかの。
まずは、「生きてるだけで偉い」は嘘なのかを、検証してみたいと思います。「生きてるだけで偉い」は嘘なのか検証する視点は、以下の3つです。
「生きてるだけで偉い」は嘘なのか検証する視点
- 視点①:心理学的視点
- 視点②:倫理学的視点
- 視点③:生物的視点



それぞれ、詳しく見ていこう!
視点①:心理学的視点


まずは、「生きてるだけで偉い」は嘘なのかを心理学的視点から、検証してみたいと思います。
自己肯定感が低くくなると、どうしようもない自己無価値感を抱きがちですから、「生きているだけで偉いなんてわけないだろ!」という考えを持っても自然です。こんな状態になっては、「生きているだけで偉い」なんて単なる綺麗事に聞こえても無理はありません。



たしかに、無価値感をもっていたらそうなるよなあ。
また、現状の社会では競争原理が強く働く場面が非常に多いですから、競争にさらされる中でどんどん「偉さのハードル」が上がっていくのも問題ですよね。もっとも、「そもそも、偉いってなんやねん」て話でもありますが。いずれにせよ、現代社会には、自己肯定感を下げる要因があまりにも多すぎます。
こうしたことを考えると、心理学的視点からみて、「生きてるだけで偉い」は嘘と感じるのは至極当然なのであろうと思います。
視点②:倫理学的視点


つぎに、「生きてるだけで偉い」は嘘なのかを倫理学的視点から、検証していきましょう。
倫理学的な文脈では「生命そのものに固有の価値がある」とされているので、この立場に立てば「生きていること=価値があること」ですから「生きているだけで偉い」は正しいということになりますね。



まあ、倫理的にはそうなるよね。
こうした倫理学的立場から「生きているだけで偉い」を正当化しようとする方向に対しては、「それは建前だ!世界はそんな風になっていない!綺麗事言うな!」と反発したくなる方もいるかと思います。ただ、理想は理想として設定することに意味がありますから、こうした立場は建前であっても存在した方が良いです。
仮に、功利主義や成果主義の立場から「生きていること自体に価値はなく行為や貢献にこそ価値がある」としても、人は社会に存在しているだけで何らかの貢献を社会に行っています。よって、倫理学的視点からみて、「生きてるだけで偉い」は嘘ではありません。
視点③:生物学的視点


最後に、「生きてるだけで偉い」は嘘なのかを心理学的視点から、検証してみたいと思います。
まず、精子と卵子の組み合わせ、遺伝子の組み合わせ、進化史を経た生存などを考慮すると、人間一人が生まれる確率は天文学的に低く奇跡といえますね。それに、個人が子供から成人まで成長し、生き続けることは、多数の病原体・環境ストレス・遺伝的リスクを乗り越えてきた結果であり、それ自体も評価に値します。



ふむ、確かにそう考えると奇跡やね。
さらにいえば、生命維持のために体温調節、免疫、代謝、DNA修復など、膨大なエネルギーと分子機構が24時間休まず働いているのも事実です。それに、あなたも日常生活を送る中で、無意識的に非常にたくさんのことを行っているはず。これらを総合的に考えれば、もう「生きているだけで偉い、偉大」で間違いないでしょう。
あなたは存在しているだけで偉業をと奇跡を同時に成し遂げている存在といえるのです。よって、生物学的視点からみて、「生きてるだけで偉い」は嘘ではありません。
結論:「生きているだけで偉い」は嘘ではないが綺麗事に聞こえても仕方ない


以上から、生きているだけで偉いは嘘ではないが、綺麗事に聞こえても仕方ないと結論できるでしょう。
改めてここで、「生きているだけで偉い」といえる理由について、まとめておくと以下の通りです。
生きてるだけで偉いといえる理由
- 生命そのものには固有の尊さがある
- 生命は存在し続けていること自体奇跡
心理面が不安定だと、「生きてるだけで偉い」という言葉は非常に空虚で無意味な世迷言として感じられるでしょう。それに功利主義的な立場から見れば、「存在しているだけで尊いだの偉いだのバカも休み休み言え!」と腹すら立ってくるかもしれません。
確かに、その気持ちには一定の共感はもてます。しかし、それは無用に自己の価値を図る物差しのハードルを上げてしまったがための結果と気が付いた方が賢明です。



ふむ、確かに無意識にハードル上げているのはあるかもね。
綺麗事のように聞こえるようで、今あなたが存在し生き続けていること自体が、奇跡の産物だということは誰にも否定のしようのない事実なんですね。存在自体が奇跡ならば、「生きているだけで偉い・尊い」という表現をするのは、当然ではないでしょうか。
変に自分の価値を測る物差しの基準のハードルを、上げる必要はありません。とりあえず、「自分は生きているだけで偉い」というマインドはもっておいて、しかるべきです。
生きているだけで偉いは誰が言い始めた?





「生きているだけで偉い」って、誰が言い始めたん?



はっきりしたことは、わからんのよな。
結論から言うと、「生きているだけで偉い」というフレーズの正確な起源を、特定するのはかなり難しいです。ただ、「生きているだけで偉い」という言葉は、一般的に 日本の心理カウンセリングや自己啓発の文脈で広まった言葉 とされています。
この「生きているだけで偉い」という言葉は、2000年代以降、特に若者向けの自己肯定感支援の場で頻繁に使われるようになり、これまでSNSや書籍、カウンセリング現場で心理士・教育者たちが頻繁に使用して現在に至ります。ちなみに、英語圏でも以下の様な似た表現が存在していますね。
You are valuable just by existing(あなたは生きているだけで価値がある)
そのため、「生きているだけで偉い」という言葉は、誰か一人による発明というよりも心理支援の現場で自然発生的に生まれ、それがメディアやsnsを通じて世界に伝播していった、、、と考えるのが自然かもしれません。
ちなみに、明石家さんまの言である「生きているだけで丸儲け」は、「生きてるだけで偉い」の類義語であるといえそうですね。
生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべき2つのこと





最近は、「生きてるだけで偉いわけない!」て思いがちやわ。



そうかあ、なら、以下の2つを試してみなされ。
つぎは、生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべきことについて、詳しく見ていこうと思います。生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべきことは、以下の通りです。
生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべきこと
- 自分軸を確立する
- 自分の感情を否定せず受け止める



それぞれ、詳しく見ていこう!
自分軸を確立する


生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべきことの1つ目は、「自分軸の確立」です。
前述の通り、「生きてるだけで偉い」のは間違いないのですが、そう思えなくなるのは仕方ありません。生きていると自己肯定感を、下げるような嫌なことに沢山出くわしますからね。



そうねえ、、いろいろあるよねえ。
そんな風に嫌な事に出くわしても、自己肯定感を高く保ったまま生きるためには、自分軸の確立、つまり「自分の人生において大事にしたいもの」を明確にしてそれに沿って生きていくのが最善です。自分軸を確立し、それに従って生きることができれば、自然と自己肯定感が上がる好循環に入ることができます。
自分軸を確立したい方は、以下の記事を参考にしてみて下さいね。
生きてるだけで偉いわけないと思う時は自分軸を確立すべき
自分の感情を否定せず受け止める


生きてるだけで偉いわけないと思う時にすべきことの2つ目は、「自分の感情を否定せず受け止めること」です。
「生きているだけで偉いわけないじゃん」と思う時は、えてして自分のいら立ちや自己否定といったネガティブ感情を抑圧していることもしばしば。このような場合、こうしたネガティブ感情をありのままに受け止めた上で、うまくいなせるようにするのが最善でしょう。



ありのままに受け止める、、、どうやって?
ネガティブな感情を抑圧せず受け入れるためには、マインドフルネス瞑想を実践するのがおすすめですね。マインドフルネス瞑想を習慣的に実践すれば、意識の使い方がうまくなり、ネガティブ感情にとらわれにくくなります。
マインドフルネス瞑想を実践してみたい方は、以下の記事を参考にしてみて下さいね。
生きてるだけで偉いわけないと思う時は自分の感情を否定せず受け止めるべき
「生きてるだけで偉い」を嘘と感じると気に持ちがちな疑問





まだ、気になることがあるんよ。



んじゃ、最後に疑問にこたえていこうかの。
最後に、「生きてるだけで偉い」を嘘と感じると気になりがちな疑問について、回答していきたいと思います。
疑問①:なぜこの言葉を聞くとイライラするのか?


回答: このイライラは、あなたが自分の努力や苦労を「認められたい」と思う自然な欲求の表れです。心理学では、「認知的不協和(cognitive dissonance)」という状態が関係しています。このフレーズがあなたの現実(努力が必要な状況)と一致しないため、違和感や怒りが生じるのです(Festinger, 1957, A Theory of Cognitive Dissonance)。この感情は、あなたが自分を大切にしている証拠。無理に受け入れる必要はなく、自分のペースで価値観を見つけることが大切です。
疑問②:この言葉を信じられない自分は弱い?


回答: そんなことはありません。このフレーズを信じられないのは、あなたが現実を直視し、自分の感情に誠実だからです。心理学者のクリスティン・ネフの自己慈悲(self-compassion)研究では、自己批判的な人は自己成長の可能性が高いとされています(Neff, 2011, Self-Compassion: The Proven Power of Being Kind to Yourself)。「信じられない自分」を責めるのではなく、「それでも頑張ってる自分」を少しずつ認めてみましょう。
生きてるだけで偉いは嘘とまではいえないが綺麗事感ある!誇りを持っていきたいなら自分軸を確立しよう!


生命はその存在し続けていること自体がある意味奇跡であり、また生きる上で、私たちは様々な事を日々行っているので、「生きているだけで偉い」は別に妥当な表現だと思います。みんな生きるだけで頑張っています。しかし、「生きているだけで偉いなんて嘘だ!綺麗事だ!」といいたくなる気持ちもわかります。
確かに競争原理の働く場面、特に仕事では「成果が出せないなら人扱いされなくて当然」みたいな劣悪な環境に身を置く方もいるでしょうし。ただそれはそれ。あなた自身の本来の価値とは無関係です。「生きてるだけで偉いわけない!」という方は、日々しっかりメンタルケアを行いつつ、自分軸を確立することが欠かせません。



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