
本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物って、誰の言葉?



西尾維新の作品の登場人物である貝木泥船のセリフやね。
「そこに本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉を聞いたことがある人は、それなりにいるかと思います。中々パンチのある言葉ですから、誰が言ったのか気になってしまうというものです。ちょっとしたパワーワードなので、少し使ってみたくもなるでしょう。
そんな感じなので、「そこに本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉が誰の言葉なのか、気になりますよね?結論をいうと、この言葉は西尾維新の物語シリーズに登場する詐欺師の「貝木泥船」というキャラのセリフです。そして、このセリフから読み取れる教訓としては、以下の通りです。
「本物になろうという意思があれば偽物のほうが本物よりも本物だ」から得られる教訓





特に、「意志」が存在を定義するとの教訓は重いね。
「そこに本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉は、少し斜に構えた表現ではありますが、おもに人の意思の力に対する信頼とそれを信じる事の重要性が説くものといえるでしょう。人が何者かになるには、まずそもそも何者かになろうとする強い意思がなくては始まりません。
強い意志を持ち自身のあり方を決めていくためには、安定したメンタルが不可欠です。そのため、自分の人生を創造していきたいと思う方は、日々のメンタルケアにきちんと気を配った方がいいでしょう。とはいえ、自力で日々のメンタルケアを効率的に行うのはなかなか大変ですよね?
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「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」とはだれの言葉?





本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物って、誰の言葉なん?



西尾維新の物語シリーズの貝木泥船のセリフやね。
まず結論から言ってしまうと、「そこに本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉は、西尾維新氏の物語シリーズに登場する詐欺師「貝木泥舟」が劇中で放った言葉です。
なお、この貝木泥船というキャラクターの簡単なプロフィールが以下の通りです。
貝木泥船の簡単なプロフィール
項目 | 内容 |
---|---|
職業 | 詐欺師(自称「怪異を信じない詐欺師」) |
信条・職業倫理 | 信じる者は騙される、詐欺師として金で動くが、殺しはしない |
初登場 | 偽物語(かれんビー) |
主な登場巻 | 『偽物語』『恋物語』『終物語(下)』など |
上記のように、貝木泥舟というキャラクターは詐欺師なので他人をだますことに何らの罪悪感も持っていないいわゆる悪党として描かれている一方(本人曰く悪党ではあっても悪人ではない)、劇中で時折、損得を度外視した利他的行動をとるさまが描かれています。
もっとも、現実世界で考えると、どんな悪人であってもいわゆる善行を行うことはあるので、こうした描写に関しては、何とも言えない部分はありますけどね。



本当それ。たまにいいことしたからって、いいヤツにはならん。
なお、この言葉の前には、「偽物の方が圧倒的に価値がある」とあるので、ここをみると「ん?」と思ってしまいますよね。例えば、ブランドのコピー品と本物のブランド品を比べて、コピー品の方が価値がある、とか言われたら意味が分かりませんからね。
もっとも、これは人の在り方についての話なので(とはいえ、トランスジェンダーなどの話題になるとまた話は違ってくるだろう)、意思の重要性を説く警句の一種ととらえるのが比較的まっとうなスタンスではあると思います。
「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」から得られる3つの教訓





この言葉から、どんな教訓が得られるんかな?



主に以下の教訓が、得られると思うで。
つぎは、「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉から得られる教訓について、見ていきたいと思います。
「本物になろうという意思があれば偽物のほうが本物よりも本物だ」から得られる教訓
- 教訓①:「意志」が存在を定義する
- 教訓②:偽物が本物以上に本物らしくなることもある
- 教訓③:本物であろうとする誠実さは尊い



それぞれ、詳しく見ていこう!
教訓①:「意思」が存在を定義する


「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉からは、「「意思」が存在を定義する」という教訓が得られるでしょう。
「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉は、本物を本物たらしめるのは本能であろうとする意思であるといったようにも読めますね。実際、人のあり方は、その意思に大いに依存するので、そこまで大きく外れてもいない印象です。



たしかに、どうあろうとするかって大事よね。
ちなみに、この言葉は、ジャン=ポール・サルトルによる、「人間の本質は与えられるものではなく、自分の選択と行為によって形づくられる」という主張を要約した「実存は本質に先立つ」という言葉に通ずるところがある気がします。
サルトルによれば、例えば石や道具は用途(本質)ありきで存在するのに対して、人間はまず「存在し、その後にどのように生きるかで本質が決まる」といいます。貝木のセリフは、サルトルの思想に共通する部分が結構あるように思えますよね。
教訓②:偽物が本物以上に本物らしくなることもある


「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉からは、「偽物が本物以上に本物らしくなることもある」という教訓も得られるでしょう。
先ほどの「意思が存在を定義する」と多少重複する所がありますが、この言葉は偽物であってもその意思によって本物を超えた価値を、持つことがあるという事を示唆しているといえます。



んー、そんなことある?
この解釈は、哲学者のジャン・ボードリヤールの思想と一部重なるところがあるかもしれません。ボードリヤールは、現代社会を「シミュラークル(模造・虚構)」に満ちた世界と定義しており、ある段階でコピーがオリジナルを超えて、それが「現実以上に現実的なリアリティを帯びる」としています。
これは具体的に言うと、例えば、以下の様な場合というと考えられるでしょう。
- アニメのキャラクターが現実の人間以上に「人間らしく」感じられる
- 虚構のアイドル(例:ai生成されたアイドル)に本気で恋をする
- テーマパークの世界が本物の世界よりリアルに感じられる(彼が良く持ち出す例はディズニーランド)
上記のように、時として「信じられている現実」が、本物の現実以上の力を持つことがあったりするんですね。
また、この考えはカントの幻術における崇高の概念に関連しているともいえそうです。彼は、崇高を「直接的経験不可能なものを想像力によって超越する感覚」と定義していますから。



はあ、なんか色々考える人がいるんだなあ。
例え、偽物であるとしても、本物たらんとして強い意思をもって努力を重ねると、場合によっては本物を凌駕する感動や何がしかの本物たしさを創造できたりするのかもしれませんね。
教訓③:本物であろうとする誠実さは尊い


「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉からは、「本物であろうとする誠実さは尊い」という教訓も得られるでしょう。
前提として偽物であるか本物であるかは大事ではありますが、本人が本物たらんとする強い意思をもって本物たろうとする努力をする姿勢それ自体は、何にも代えがたいほど尊いというのは間違いないと思います。



確かに、それはそうかもしれんね。
ここでまた過去の思想家の話に基づいて考えてみると、アリストテレスは『ニコマコス倫理学』の中で、人間の幸福(エウダイモニア)とは、「卓越した行為」を通じて達成されると述べています。
卓越とは、「勇気・節度・誠実さ」などの徳(アレテー)を日々の行為で実践することを指す
つまり、アリストテレスは「どうあるか」ではなく「どうあろうとするか」が人間の価値を決めるといった主張をしているといったもいいかと思います。また、イマヌエル・カントも動機の純粋さ(善意志)が道徳的価値の根源であるとしていますから、「本物になろうとする誠実な意志」それ自体は倫理的に尊いといえそうです。
逆に、本物であったとしても本物たろうとする意思が全くと言っていいほどないのであれば、倫理・同時的な文脈では偽善や傲慢といった事態が生じるといえるでしょう。きれいごとである感もぬぐえぬものの、たとえ未熟であっても、「本物になろう」とする努力や誠実さは尊いといえるかと思います。
「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」に関するFAQ





まだ、気になる事があるんよ、、、。



んじゃ、最後に疑問にこたえていこうかの!
最後に、「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」に関連する疑問について、回答していきたいと思います。’
FAQ①:自分らしさとは何だろう?


自分らしさとは、以前の記事でもふれたように、「個人の価値に基づき、文脈に応じて変化し続ける動的なプロセス」といえます。
自分らしさについて、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を見てみてくださいね。
FAQ②:この言葉を日常生活でどう活かせる?


自分が何かの分野で成果を出したいときに努力をする中で自己否定感を感じたりするときに、この言葉を口にして「本物は外的な評価ではなく、内的な意志で定義されるのだ」といった気持を新たにするといった使い方が、できるかもしれません。
「本物になろうという意思があれば偽物のほうが本物よりも本物だ」からは意思の大切さが学べる!


「本物になろうという意思があるだけ偽物のほうが本物よりも本物だ」という言葉からは、何者かになるためには強い意思が必要であるとのメッセージが感じ取れます。実際、意思の力は人の在り方を大きく変えるものです。
ただ、強い意思を発揮するためには安定したメンタルを保つことが、不可欠といえます。メンタルが不安定だと、自分の理想や大事にしたいものに従って行動を続けることができませんから。そのため、意思の力を存分に発揮したいのであれば、日々のメンタルケアを行っていく必要があるといえます。



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